知的発達の遅れはありませんが、学習に必要な「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算」などの能力の
うち、特定のものだけができない障害をLD(学習障害)といいます。
一般的にLDと呼ばれる症状には、
★医学的なLD(読む・書く・計算するに限定)
★教育のLD(医学のLDに話す・読む・推論するを加えたもの)
があります。ただでさえ複雑な発達障害相互の関係に、さらに「医学」「教育」という分類が加わりま
すから、何がどう違うのかもわかりにくいですね。
学習障害は、「学習」という特徴から比較的発見されやすく、文章を書いたり、話したり、数を数える
ことを覚え始める3歳頃に発見されることがありますが、周囲の環境によっては小学校まで気づかれな
いことも。
日本の教育の特徴は「できないと叱る」ですから、できないことが多いLDの子供たちはできない自分
と両親や教師からの叱責に挟まれて勉強意欲を失い、自信をなくしてしまうことも多いです。
では、この状態が成人になるまで続いた場合どうなるのか。大きな特徴は
★作文がうまく書けない
★相手の話が(理解しているつもりでも)うまく理解できない
ということになります。計算面では、ITの発達により電卓・パソコンを活用してある程度対応できるの
ですが、コミュニケーション関連はそんな便利グッズはありません。社会人になってくると、できて当
然のことができないということで、さらにストレスに晒されることに。
学習障害は、その原因に中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されていますが、先天性の脳機能
障害であって、環境的な要因が直接的な原因となるものではないとされています。
LDは知的障害のように発達全体の遅れはなく、認知発達の部分的な遅れ・偏りから発生します。 なので、
一般的には成績がよいにもかかわらず特定科目(国語・物理・化学・社会など)ができないのですから、
両親や教師が「やればできるのに」「サボっているからだ」とさらに叱責のボルテージが上げるという
悪循環も発生してきます。
ここでいう認知とは、見たり、聞いたり、さわったり、運動をしたりするとき感じるさまざまな刺激を、
言葉に変換して脳内に取り込む作業を指します。(推理や思考等は認知過程の一部)
ディスレクシアは学習障害の一種で、特にヨーロッパやアメリカで提唱されています。知的能力に異常
がないにもかかわらず、読み書きに非常な困難を伴う障害で、文字を読むことができない、あるいは文
字は読めても意味が理解できない、文字がゆがんで見える、文字の形状を記憶できないなどの症状があ
り、LDとは一応区別されているのですが、とても違いは難しいため、当相談室では同じ意味で使用して
います。
ディスレクシアは、脳の機能障害により目や耳から入る情報を処理する能力に問題が生じているために
発生すると考えられ、研究が進められています。
成人した方のLDに対応する施設はほとんどないのが現実です。山手心理では、ADHD・アスペルガー症
候群などとの関連から改善を進めています。
脳機能の障害ですので、治療や回復ができるのではありません。強い機能を生かして、少しでも社会生
活ができやすくなるようにということです。